「この治療いらないんじゃないの?」看護師たちの正直な気持ち

Wellnessナースビジネスプログラムでは、経験10年以上の看護師たちでよくカンファレンスを行います。職場では思っていても言えないことがありますが、ここは病院という組織ではないため正直な意見交換ができます。経営や上下関係の影響がないところで看護師が意見を出し合うことは、医療の真の役割を見出す貴重な機会になり得ると思い続けています。

 
看護師の間でよくシェアされる意見は延命治療に関して。みなそれぞれに心の中に葛藤を抱えています。過剰な延命、無意味な延命、被害者を生んでしまう延命を感じていますが、では自分が職場で意見できるかというと難しい立場です。もし看護師が意見することによって医師の機嫌を損ねてしまえば、その後自分が働きづらくなるだけでなく、他のスタッフや患者さんにも影響してしまうことが懸念されるからです。だからこそ、職場を変えようと安易に行動するのではなく、まず社会の認識を変えるために私たちに何ができるだろうか?というカンファレンスを行なっています。

 
延命治療を行う理由はひとりひとり違うと言っていいほど様々な経過がありますが、明らかに問題になっているのは「延命治療をしません」と意思表示しているにも関わらず、救急搬送されてあれよあれよという間に延命されてしまうパターンです。病院には身寄りのない人が延命されて、食事も摂れず歩くことも会話もできず、ただただベッドの上で天井を見つめながら何年も生きている人が珍しくありません。私たちはその人に関わるたび、(この人はこの状態を望んでいただろうか?)(医療は本当にこれでいいのだろうか?)(私はこれでいいの?)と切なくなるのです。「命を救う」という医療にとって当たり前の概念を変えなければならないのを感じています。

 
延命中止 医療現場の新たな選択

 

 
この日は、80歳で身寄りがなく独り暮らししている女性の急変をモデルにしてロールプレイを行いました。意識不明で倒れているのを、家に訪れたご近所さんが発見したという想定です。問題は、意識を失っている状態で発見された場合、いくら本人が「延命はしません」と意思表示していても、それを伝えるすべがないことです。最近は救急隊の救急救命士が挿管して呼吸を確保するため、病院に搬送されたときにはすでに延命措置が行なわれており、本人の意志が無視されたまま延命されてしまうのです。

 
誰も悪くないんですね。発見したご近所さんは何とか救おうと救急車を呼びます。救急隊は後遺症を最小限に食い止めようと早い段階で措置をします。病院に搬送されたとき一命を取り留めているため、医師は延命します。救命措置のチューブを抜くことは「死」を意味するからです。みんなが倒れたご本人のために一生懸命。だけど本人は望んでなかった…。今後何年間もチューブで管理された、誰も望まない日々を生き続けるのです。こんな悲しい人生の結末がこれ以上繰り返されてはならない…、と私たちは思っています。

 
そのために私たちができることは、元気なうちから万が一に備えて意思表示しておくことを当たり前にすること。そして救急隊や医師がまず「延命を望んでいる人か否か」がすぐさま分かるシステムをつくること、と意見が出ました。最近は万が一に備えて、緊急連絡先やかかりつけ医、亡くなったときのお葬式などの希望を書いて〝冷蔵庫”に入れておく働きかけが行われているのをご存知ですか?冷蔵庫はたいていの家にあるため、救急隊が到着したときまず冷蔵庫を確かめるという広がりが始まっています。

 
冷蔵庫にもしもの備え「緊急情報キット」

 

 
Wellnessでは次の課題が見出されました。本人が延命を望んでいないと救急隊が知った場合、病院に搬送する必要がなくなります。すると死亡診断書がないため「変死扱い」となり警察が来て、ご近所さんを含めた調査を行うことになり大変なようです。もしかかりつけ医がいて、医師が死亡診断書を書いてくれる場合(書かない医師もいます)は警察の調査は不要です。ですが医師がすぐに来てくれるとは限りません。亡くなっているかどうかわからない人を、ひとりぼっちで放置しておけるでしょうか?訪問介護を受けているとして、介護士が何時間も付き添うことが可能でしょうか?

 
すでに挿管されて救急搬送されてきた患者さんを延命したとき、医師が言ったそうです。「延命治療の意思表示だけじゃなく、救命措置の意思表示もいるんじゃない?」と。2017年に救急医学会は、隊員が蘇生を中止することを容認しています。どう思われますか?救急隊が命の責任を負うことが正しいのでしょうか。救急搬送しない場合は誰がその後の対応をするのでしょうか。現実的ではないように思います。

 
やはりこの問題の責任は「医療」にあると思います。たとえ救命されて運ばれて来たとしても、そこから先の延命を行なうか否かの責任を持つのは医師なのではと思います。非常に重い責任ですが、私たち医療者がこれまで行ってきた医療の在り方を省みる機会ではないかと思います。「先生にお任せします」「できることは何でもしてください」と他人任せの患者をつくってしまった責任の発端は、医療者にあると思うのです。

 

 
もしあなたが看護師なら、延命治療を行うか否かの判断に責任を持つことができますか?意思表示ができない人の代弁者になることが看護師の役割の一つだと、私たちは捉えています。「医師の指示待ち」を超える覚悟が看護師に必要な時代ではないでしょうか。私たちはそのためのシステムと心構えを準備しています。

 
救急隊の蘇生に指針(日本尊厳死協会)

家族が自宅で亡くなった時に救急車を呼ぶと、遺族はさらに辛い目に遭う

 

 

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